2006年03月14日

「誰が」ではなく「何を」は匿名擁護論の基本。

小倉秀夫
『「重要なのは誰が語ったかではなく何を語ったかである」とのテーゼのもとに匿名発言の自由を謳歌している人々が、語っている人が誰であるのかが詮索され、まさに語った人の属性のみに着目した批判が行われていることについて抗議の声を上げないというのはいかがなものかという気がします。』
これは正論。
最近、頭の中で「2ちゃんねらーの矜持」というものを考えてるんだけど、
それは大体こんな感じ。
「重要なのは誰が語ったかではなく何を語ったかである」は
「名無しさん」を一番根底で支える思想であるので、
名無しを擁護し利用する立場である以上は徹底されるべきだ。


何故余計な属性でツッコミ入れるの禁止したい小倉さんが、余計な属性(情報)公開を望むのかが多大に矛盾している。
文脈とか背景とかを考慮し始めるとこんな感じでツッコミ入れ放題なので
今回は余計なことは考えない。


banner_01.gif
posted by Scott at 12:44| Comment(5) | TrackBack(0) | 思考 - 実名/匿名 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
あと、「ことのは事件」自体には特に興味も無い。
ただ、これはネットだからそう言い切れるのであって
リアルで付き合いがある人がこういうカミングアウトかました時に
これと同じリアクションが取れるかっつーと、それは解らん。
どちらかといえば、

「芸人がプライベートで何しようと面白い芸をするのならそいつは神」

というのに似た感覚だろうと思う。
Posted by Scott at 2006年03月14日 12:47
>あと、「ことのは事件」自体には特に興味も無い。

訂正。
その後いろいろ見て、今は逆に触れなくなっている。
とりあえずiroseさんとplummetさんを足して2で割った視点で見てるとだけ。
Posted by Scott at 2006年03月15日 22:12
「ハンター×ハンターのベンズ・ナイフ」という単語が頭に浮かんだ。
Posted by Scott at 2006年03月15日 22:38
匿名の間は匿名者が何を語ったかだけで判断すればいいと思うんですよね。
2chでずっと彼が活動していたならそれもアリと思います。
でも実際彼は顕名≒コテハンでしたしね。
名を惜しむために、コテハンの過去を語りだしたということになるのでしょうか。
そのままコテハンを捨てたのであれば「長い捨てハン」という見方もできたかもしれません。

ずっと逃げ続けている元オウム信者、は社会のどこかに住んでいるんでしょう。
それが自分の隣人で無い限り、僕らは気にしませんよね。
Posted by nomad at 2006年03月21日 00:47
人権擁護法案の時の小倉先生にも同じこと書いたんですけど、
こういう人にこそ名無しで正論吐いてもらいたいとは思うんです。

ただ、今回のケースは非常に特殊なために、
どうするのがベターであったかは未だに私には解りません。
コテハン捨てるのがベターとも考えにくいですし。
Posted by Scott at 2006年03月22日 12:24
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/14800316

この記事へのトラックバック