2006年01月28日

マスコミ批判について自分の中で整理してみる。

これとはちょっと違う方向での
「マスコミ批判」と「『マスコミ批判』批判」のループについて。

bewaadさんのところでちょっと暴れてしまったので
ついでにまとめておこうと思う。


# ・・・というのもちょっと順序が逆で、
# 実はオレはこのエントリーをメモ程度にまとめた後にkogeさんに突っかかりました。
# だから、この件に関して言いたい事のコアは既に言い切ってしまえています。
# と同時に、お付き合い頂いたkogeさんには感謝。


【マスコミの影響力】

影響力。
もっと直接的表現をするのなら「扇動力」。
マスコミに力はあるのか否か。

マスコミのやる情報操作は「○○は××だ!」的な露骨なキャンペーンよりも
むしろ賛成意見と反対意見の流すバランスによって行われている。
結局人間は自分の知らない事に関しては考えないし考えられないわけで、
一方の意見しか与えられなければ、余程の事が無い限り
「そういうものか」と受け入れてしまう。
双方の意見をどれだけ流すかについては完全にマスコミの裁量なのだから
ここを無視して「マスコミに扇動を行う力は無い」というのは受け入れ難い。

加えて、キャンペーン張って主張を叫び続けるのは
扇動手段としては下の下過ぎて普通は誰もやらんだろう。
マスコミのキャンペーンに扇動力が無いのはマスコミに力が無いからではなく、
キャンペーンという方法自体が稚拙過ぎるからだ。

また、「偏った情報は視聴者のニーズに合致しない」というのは、
あくまでも視聴者がその対象に対して高い関心を持っている場合に限る。
故にこれも一般化し難い。
ネットやってれば賛否両論に触れるケースの方が多いから
「マスコミが一方的意見を流してもどうしようもない」と考えるのも自然だが、
やはりそれは「ネットを当たり前に使いこなしている情報強者」の理屈。

「ネットを使わず情報源はテレビと新聞」という層はまだかなり多い。
ネット人口は2000年の時点で概算で2000万人、さらに積極利用か否かで割り引いたら
マスコミに影響されない人なんてのは極々少数だろう。



【批判すべきはマスコミか大衆か】

まず前提から。

 ・マスコミは世論に迎合して視聴率を稼いでいる(=企業として存在している)
 ・世論はマスコミの影響を受けて醸成される

どちらもイエスであると思う。
特に後者は前段より否定できない。
一方、前者は怪しいとオレは思っている(あくまでもマスコミのクライアントは
スポンサーだし)が、ここは百歩譲って両方イエスとする。

前提終了。

この時、マスコミと世論は相互に影響する関係になる。
結果、「マスコミが腐敗している」という言論のカウンターとして
「それは国民が望んだ事に答えているから(故に国民が悪い)」という反論が成立する。
が、同時に「それを望む国民はマスコミが作り出した」という反論も成立する。

これでマスコミ批判とそれに対する批判は「ニワトリが先か卵が先か」に帰結する。

「どっちが悪いか」だけで考えると、以上より「どっちもどっち」を結論として終了。
・・・・・・だけれども、これでは何の発展性も無いので次を考える。


次。
改善するにはどうすれば良いか。
悪循環を断ち切るにはマスコミor世論の改善が必要。

世論をマスコミに頼らず改善するのは大変だ。
というより、具体的な対象も解らなければゴールも解らない。
少なくとも、国民のほとんどがメディアに触れていながら
自分の頭で多々の物事の是非を考える必要がある。
実現可能性で言えば、限りなくゼロに近い。

一方マスコミは解りやすい。
対象も内容もハッキリしている。
「マッチポンプ止めろ」とか「賛否両論を併記しろ」とか「捏造止めろ」とか、
散々言われていること、というか、さらにハッキリ言えば

   「放送法の第3条の2を守れ」

というだけの話。
# 「法を守れ」「嘘を付くな」という当たり前を主張しなければならない事自体が
# 既にあまりにもアレ過ぎるが。

故に、オレはやはり批判すべきはマスコミであると考える。



【その他いくつかのバラバラな話】

マスコミ批判に限らず、凶悪事件がおきた時とかほとんど必ず言われるけれど、
国民が悪いとか庶民感覚が悪いってのは
暗に「少なくとも自分は悪くない」という意味を持ってしまっている点と、
あまりに批判対象が漠然としすぎるが故に
結局誰が悪いとも言い切れていないという点があるため、オレは賛同できない。
「国が悪い」「社会が悪い」というのは「誰も悪くない」と同義にしか思えない。

──────

「切断操作」の欲求が庶民感覚としてあるのは確かにそうだろうと思う。
が、それにマスコミが迎合しなければならないかというと、そうではないのでは。

そこを突っぱねて正確な情報を提供して初めて信頼が生まれるのでは、
というのがまず一つあるし、それ以上にそもそも
「ニーズに答えられないテレビが消費者離れによって潰れる状況」
というものが全く想像できない。
新規参入のありえない、完全に守られた業種ってどうやったら潰れるんだ?

──────

まだまだマスコミの力は強く、ネットの声なんてのは小さい。
例えば「電車男」。
マスメディアが取り上げる前後で認知の度合いを考えてみれば解る。
はてなだってネットの中じゃGoogleやYahooと並ぶ知名度だけれど、
一歩外に出りゃ知らない人がほとんどだ。
ネットの中で有名になったものが一般的にも有名になるには
今でもほとんどがテレビや新聞を経由する。
そうでなくなった時に初めて「マスコミの力はほとんど無い」に説得力が出る。

──────


   「マスコミがその気になれば半年で日本をバラ色にできる」

と、オレは今でも強く信じている。バラ色の方向性はともかくとして。
オレのマスコミ批判の根底にあるものはこの一言に尽きる。

──────

最後に。
一つの思考実験として、メディアがこぞって持ち上げればどんな芸能人でも売れるのかとか、電通が企画をたてさえすればどんなイベントでも成功するのか、ということがあると思います。noであるなら反証になりますよね?
エンタの神様見る限り、とてもノーとは思えませんです。


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posted by Scott at 16:03| Comment(8) | TrackBack(2) | 思考 - マスコミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 はじめまして。bewaad さんのところから、きました。私はほぼ koge さんに賛同しますが、それは新聞の一面で紹介されても全然売れなかった本とか、テレビ局の肝いりで始まったドラマがさっぱり視聴率を取れなかったとか、そういった事例が無数にあるからです。何かが大人気になる過程でマスコミを必要とする(ことが多い)という事実から、「マスコミが報じれば何でもヒットする」という仮説は証明されません。必要条件と十分条件の違いです。
 ところでマスコミが「潰れる」道筋は簡単で、ようは不人気の番組ばかり作っていれば視聴率が落ち、広告収入が減って赤字になり、誰かから資金提供を受けなければ事業を継続できなくなり、結局、どこかに買収されます。免許産業だから永遠に潰れないと思ったら大間違いで、会社は継続しても資本の面から乗っ取られる可能性は十分にあるわけです。NHK 教育が潰れないのは NHK だからで、民法ならとっくに路線変更を余儀なくされています。
 単純にいって、もし大多数のテレビ局が国民が不愉快になるような報道をしているならば、抜け駆けして国民が大歓迎するような報道をすれば視聴率をドカーンと取って広告収入を増やせるはずです。テレビ→新聞→雑誌→書籍とメディアのサイズが小さくなればなるほどその内容は多様になります。私の知る限り、雑誌や書籍のレベルで私を満足させる主張が全く報じられていないという事例は、ある程度大きなテーマに関しては記憶にありません。
 だから、ウェブがテレビの報じない情報への道を開いたなどと考えるのはナイーブではないかと私は思っています。以前から、テレビや新聞の報じない情報、考え方は、雑誌や本で読むことができたわけです。そうした中で、どの主張がよく売れていくかということは、資本主義的にふつうに国民が選択しているのではないでしょうか。……ところで、はてなはウェブユーザの中でも無名だと思いますよ。私の職場では上司と私しか知りません。
Posted by 徳保隆夫 at 2006年01月28日 17:09
こちらでははじめまして。
さて、ちょっときつい言い方をさせていただくならば、「マスメディアがその気になれば半年で日本を変えられる」というのは20世紀の、マスメディアが娯楽を独占していた時代の考え方だと思いますね。
20年くらい前まではゴールデンタイムの各局の合計視聴率が80〜90%いくこともしょっちゅうでしたが、今ではそんなのは大晦日くらい、普段は50〜60%もあればいいほうでしょう。
インターネットも積極利用して自ら情報を集めに行く層はごく少数だとおっしゃいますが、いまやテレビだって積極利用しなければ「情報」は手に入らない時代でしょう。テレビの前にいなければ、スイッチをONにしなければ、ゲームやビデオ・DVDではなくどこかの局にチャンネルを合わせなければ。
Posted by koge at 2006年01月28日 22:49
bewaadさんちから飛んできました。「マスメディアがその気になれば半年で日本を変えられる」に、全面的に賛成するものです。「その気になれば」が重要なところで、一回1面ででたくらいでは、ヒットしないものもあるのは自明のことです。系統的に継続的に行われるから、「カルタゴ滅ぼすべし」なんです。あるいは「差別」がおきるんです。bewaadさんのところの議論では、700兆の借金はたいへんだ、だから構造改革原理主義ともなるんです。
 ただ、この議論はニワトリと卵ですから、肝心なのは、どう(社会の)風潮に染まらないか、です。マスコミのいうこと、政府のいうことを鵜呑みにしない。証券取引法違反くらいで、連日マスコミがおおはしゃぎすることはないだろう。そんなことで社会的制裁はおかしいし、そもそも、会社活動を停滞させる書類押収なんておかしいはずだ、という正論がおきなければ。徳保さんご指摘のように、今はさまざまな言論の自由にせっする機会があります。しかし、ある種の風潮をつくって(あるいは、風潮にのっかって)「国家」が、人権や言論を弾圧しようとしてきたときに、どうするか。「北」などのようにネットも自由にできない社会になるのかどうか、とまで話をふくらませてしまいました。
Posted by 通りすがり at 2006年01月29日 18:59
>徳保隆夫氏

どうも始めまして。
こちらからは以前に何度かトラックバックを送らせて頂いたことがございます。


>必要条件と十分条件の違いです。

確かに全てが全て当たる、とは私も思いません。
ただ、マスコミによって作られたヒットは少なからず存在していると思います。


>不人気の番組ばかり作っていれば視聴率が落ち、広告収入が減って赤字になり、

それが「それホントか?」と思う部分なんですよ。
例えばここなんですが、

>単純にいって、もし大多数のテレビ局が国民が不愉快になるような報道をしているならば、抜け駆けして国民が大歓迎するような報道をすれば視聴率をドカーンと取って広告収入を増やせるはずです。

「報道内容の愉快不愉快で視聴率が本当に有意に上下するのか」
という点(ここは免許産業である点も起因する)と、
「一時の視聴率の上下が広告収入に影響を及ぼすほどスポンサーの流動性は高いのか」
という点で、視聴率と広告収入によるマスコミ倒産のパターンに懐疑的なのです。
単に私が(スポンサーに対する)現場を知らないだけかもしれませんけれど。


>ウェブがテレビの報じない情報への道を開いたなどと考えるのはナイーブではないかと私は思っています。

「ウェブ以前に情報が存在していないわけではない」というのはその通りだと思います。
しかし、存在すら知らない情報は求めようとする能動性すら働かないので、
売れたということと、その主張が国民に選択されたという事は
直接にはつながらないのではないでしょうか。

情報・主張の方向性を増やすに至らずとも、
ウェブが情報へのアクセシビリティを向上させたのは確かだと思います。



>私の職場では上司と私しか知りません。

全体から見たらやはり極一部の世界なんでしょうか。
Posted by Scott at 2006年01月30日 21:16
>koge氏

向こうではお世話になりました。

>普段は50〜60%もあればいいほうでしょう。

小さい数字のように仰いますが、
テレビの視聴率で50〜60%って物凄く大きい数字なのでは。
さらに新聞もありますね。新聞は今でも1世帯あたり1部を割っていないようです。
http://www.pressnet.or.jp/data/01cirsetai.html

全体の50〜60%がテレビを見、各家庭に新聞が毎朝配達される。
さらに他の娯楽に世論を形成する情報がほとんど含まれていない事も考えると、
テレビと新聞の世論に対する影響力は圧倒的でしょう。

この辺で(例えばネット環境の弱い実家に帰ったりして)強く思うのは
「他(特にネット)があるからテレビなんて今時ほとんど見ない」
というのはやはりネット住民(私も含めて)の視点でしかないという事と、
結局のところ報道の一次ソースはマスコミが握っているという事です。
記者クラブが無くなって、一次情報がマスコミをスルーして
直接ネットに流れるようになったら、今の私の意見は180度変わります。

あと、やはり娯楽番組と報道を同列で語る違和感がどうしても拭えません。
私もほとんど民放は見ません(NHK教育はBGMとして流すけど)が、
それでも一次情報はマスコミを経由して知っているという現状がありますから。
Posted by Scott at 2006年01月30日 21:21
>通りすがり氏

>「その気になれば」が重要なところ

同意です。程度問題であったり巧拙の問題であったりだと思います。


「育てる」か「作る」かの議論で思うのは、作るには下地がなければならないとしても、
下地となる切断処理の要求としてあるのは、あくまで
「あの事件は何か自分とは関係無いものが起因しているはずだ」
ぐらいでしかなく、そこで何が選ばれるかはマスコミの胸先三寸じゃないんかな、と。
Posted by Scott at 2006年01月30日 21:45
「程度の問題」でしょうが、私は需要が主、供給が従だと思っています。思想の選択に金銭的コストはかかりませんしね。

需要があるのに供給がない市場に商品を出せば売れることは最近も「マンガ嫌韓流」が証明してみせましたよね。「やられた!」と悔しがった人は多く、たった半年で嫌韓本が書棚にどっさり並びました。別に韓国批判はタブーではなく、売れれば出すというだけの話だったのでした。

嫌韓ブームは約25年ぶりなので、現役編集者にとって、嫌韓本=売れないという意識が染み付いていたのだと思いますよ。このような形で、誰かが風穴を開けるまで、需要があるのに供給されない情報もあることは間違いありません。ただ、「マンガ嫌韓流」も6年前ならヒットしなかったはず。ワールドカップと韓流ブームで韓国にうんざりした人が増えてきて、それでヒットしたという背景があるわけです。

ではなぜテレビではまだかつての韓国叩きが復活しないのか? 養老先生の「バカの壁」があれだけ売れても、よく考えてみれば300万人しか読んでいない。「人と人は分かり合えない」という思想は、所詮、テレビでフィーチャーするには少数派過ぎる、という判断が成り立ちます。嫌韓もまだ、テレビ局としてはフィーチャーするには心配なのでしょうね。仮に嫌韓番組が高視聴率を取れば、あっという間に流れは変わりますよ。

細木さんの占いだって、単に視聴率がいいからどんどん番組が増えたわけです。宜保さんみたいなものですよね。ウケるのだから仕方ない。細木・江原の成功まで、ここ数年間、何人もの人が出ては消えていきました。テレビの力で誰でもヒットできるなら、苦労はなかったと思う。

マスコミが半年で世界を思い通りに変えられるなら、銀行ではなくテレビ局がコンツェルンの頂点に立つのが自然ではないでしょうか。そして胃に穴の開くプロデューサーが、なぜいなくならないのか、不思議に思いません? 他のどんな産業もそうであるように、マスコミにだって需要を形成する余地はあるのでしょう。しかし、それが主だとは、私にはどうしても理解し難いのですよね。

まあ、私もディテールを積み重ねる他に説得の材料を持っていませんし、ここで延々と書き続けても仕方のないことだと思うわけですが……。
Posted by 徳保隆夫 at 2006年01月30日 23:51
嫌韓流を例に出されると確かに説得力を感じます。

ただ、しかし、私がマスコミを批判する事の根底としては、
10年以上に渡って事あるごとにゲームがスケープゴートにされ
そして常にゲーマーが犯罪者予備軍として扱われてきたという実感があります。
それが払拭されない限りはやはり私の意見も覆らないだろうと思います。


>ウケるのだから仕方ない。
>テレビの力で誰でもヒットできるなら、苦労はなかったと思う。

例えば小梅太夫のような、エンタの神様でいきなり現れて
かつ現れた時から「『世間で大人気』ということになっている」芸人と、
オンエアバトルで合格したりしなかったりの線の芸人を比べて、
私には前者の方が「売れているから優れている」とはどうしても思えないんですよ。
で、そこでどこに差があるかというと、それはテレビの力なんじゃないかと思うんです。
「これが大人気なのだ」というテレビの発言の力。


>他のどんな産業もそうであるように、マスコミにだって需要を形成する余地はあるのでしょう。しかし、それが主だとは、私にはどうしても理解し難いのですよね。

上の通りすがりさんへのコメントでも書いたように、
マスコミの力というのは「大衆の要求に沿った答えを提示する」程度のものだと思います。
その程度のものでしかないんですが、その答えの形に応じてまた要求が変化する。
需要をある程度コントロールできる供給であるが故に、従であり主である気がします。
Posted by Scott at 2006年01月31日 21:24
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